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俺は子供のころ大工さんになりたかった。俺が小さかった頃は実家の周りは空き地だらけだったが、物心付く頃になると近所にどんどん家が建つようになった。近所で家の建築が始まったと知ると、毎日のようにそこへ行って、柱や梁が組みあがっていく様や、大工さんが木材にかんなをかける様をじっと見ていた。帰りには、木っ端をお土産にもらって家でおもちゃにして遊んだ。俺の物づくりに対する憧れの原体験は確実にここにある。

やがて、近所の建築ラッシュが一段落すると、俺の興味は電気製品の分解に移った。うちには、親父の仕事の関係で壊れた電気製品が山ほどあった。おかげで何一つ咎められることもこともなく、思いっきり電気製品を分解しまくれた。(壊れていないものもこっそりばらしたけど) これが第二のきっかけだ。

そして第三のきっかけが、高校時代に見たNHKのロボットコンテストだ。これで俺の中での方向性は大方定まり、すべての興味はそこへ集中していった。

なのになぜこんなことになってしまったのだろうか。どこでねじれたのか。俺自身の責任もあるし、俺自身ではどうすることもできなかった部分もある。このねじれを元に戻すべきなのか、それともいっそねじ切れるまで回し続ける方がいいのか。ドライバーを握っていたあの頃の俺なら何も考えず元に戻すのだろうけど。

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